芭蕉の作品について

松尾芭蕉の作品について

投稿日:

芭蕉の作品を、年代を追って鑑賞しましょう。

談林から蕉風へ

芭蕉野分(のわき)して盥(たらい)に雨を聞く夜かな」(天和元年・38歳)*年齢は数え年
(芭蕉の葉に暴風雨が吹き荒れ、ざわめく音がする。庵では盥に落ちる雨もりの音を聞く夜だ)季語は「野分」(秋)

深川の芭蕉庵での作。嵐の夜の心細さが表されています。
当時、主流だった談林風(奇抜さや軽妙な言い回しを特色とする詠み方)を脱して、蕉風(芭蕉独自の俳諧の詠み方)に開眼する時代の作品です。

通俗的な談林派から脱却するために、漢詩調で字余りの緊張感あるリズムを用いています。

『野ざらし紀行』の句

野ざらしを心に風の沁む身かな」(貞享元年・41歳)
(行き倒れて白骨を野辺にさらす自分の姿を思い描きつつ旅に出るのだが、秋風の冷たさが身にしみることだ)季語は「身にしむ」(秋)

『野ざらし紀行』の巻頭の句。旅立ちの不安と、死を意識しながら旅に出た芭蕉の決意が、「野ざらし」(野にさらされたしゃれこうべ)という語句によって端的にうたわれています。

山路来て何やらゆかしすみれ草」(貞享2年・42歳)
(山路をずっと歩いてきて、ふと道ばたの可憐なすみれの花を見つけた。何となくおくゆかしく心惹かれる思いがする)季語は「すみれ草」(春)

冬の名残を感じさせる山路を歩いてきた作者に、すみれの花の可憐さが、ほっとさせる懐かしさを感じさせています。『野ざらし紀行』の後半の句です。

冒頭の「野ざらしを」の厳しさから、「山路来て」の穏やかさへの移り変わりに、旅によって芭蕉の心におきた変化が感じ取れます。

この旅の途中、名古屋で地元の連衆と歌仙(三十六句の俳諧)を巻いています。そこで新しい句風を打ち立てたという実感を得たことが、影響しているのだろうと思います。

独自の詩世界

『野ざらし紀行』の旅から帰ってきた芭蕉は、『鹿島紀行』の旅に出るまでの2年半を深川芭蕉庵で過ごします。

古池や蛙(かわず)飛込む水の音」(貞享3年・43歳)

(古池に蛙が飛び込む音がして、静寂が破られた。そして、また静まりかえっていくのだった)季語は「蛙」(春)

門弟の支考(しこう)が記した『葛の松原』によると、芭蕉庵で蛙が水に飛び込む音を聞いた芭蕉は、まず「蛙飛び込む水の音」と詠みました。

上五を思案中に、其角(きかく)が「山吹」を提案しましたが、芭蕉は「古池や」と置いたということです。

和歌では「蛙」は「鳴く」もので、「山吹」と取り合わせる、というのが万葉集以来の常識でしたが、芭蕉はあえて「飛ぶ」「古池」と合わせ、和歌の常識に反旗を翻します。

古池に蛙が飛び込んだ様子を見て作った句と思われがちですが、成立過程を見れば、逆に、「音」から、心に「古池」を思い浮かべる句なのでした。

この句から、「飛ぶ」という「動」が「古池」の「静」を引き立たせていることの妙味を感じる人も、「一瞬の命」と「悠久の時」の対比をイメージする人も、また「無限」の中の「有限」のきらめきを感じる人もいるでしょう。

平明な言葉を用いながら、深い解釈が可能になっています。
言葉遊びに過ぎなかった俳諧が、心の世界の文学となったという意味で、俳諧を芸術に高め、独自の詩の世界を開いた一句と言ってもよいでしょう。

『おくのほそ道』の句(元禄2年・46歳)

閑さや岩にしみ入る蟬の声
(あたりはひっそりと静まりかえっている。静けさのなかで、蟬の声が岩にしみ入るように感じられる)季語は「蟬」(夏)

出羽の立石寺(りっしゃくじ)で詠まれた句。
蟬が鳴いているのですから、「やかましい」はずです。しかし芭蕉は「閑かさ」と詠むのです。現実の閑かさではありません。心の中の、イメージの閑かさです。

この句の前には「佳景寂莫として心すみゆくのみ覚ゆ」という記述があります。芭蕉の心の澄みきった境地をよく表しています。

蛤のふたみに別れ行く秋ぞ
(はまぐりのふたと身が分かれるように、私はみんなと別れて二見が浦に行こうとしている)季語は「行く秋」(秋)

『おくの細道』の最後の句。これは、旅立ちの句「行く春や鳥啼き魚の目は泪」に対応した句です。「行く春や」の句に比べると、軽やかです。目的地に到達したことによる気持ちの上の軽さはもちろんあるでしょうが、『おくのほそ道』の旅で到達した「かるみ」が感じられる一句です。

すみれ(足成)

3123

21212

立石寺

212121212

-芭蕉の作品について

執筆者:


comment

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

関連記事

関連記事はありませんでした